もの語る収納たち

行李が語る日本の旅と移住 - かつて暮らしを運んだ収納の物語

Tags: 行李, 日本の家具, 旅, 収納, 歴史, 古物

行李とは何か、旅と暮らしを運んだ箱

街の骨董市や古い商家を巡る中で、竹や柳を編んで作られた、独特の形をした箱を目にすることがあるかもしれません。これらは「行李(こうり)」と呼ばれる日本の伝統的な収納具です。長持や箪笥のような大型家具とは異なり、多くは持ち運びが可能なサイズで、かつて人々の旅や日々の暮らしを支える上で欠かせない存在でした。単なる物をしまう箱ではなく、そこには移動、保管、そして人々の営みが紡がれてきた歴史が詰まっています。この記事では、行李がたどってきた道のり、その機能や構造、そしてそれにまつわる物語に焦点を当てていきます。

多様な素材と構造に見る行李の工夫

行李は、その用途や時代、地域によって実に多様な形態をとります。最も一般的なのは、竹籤(ちくせん)や柳の枝を編んで作られたものです。特に柳行李は、軽く丈夫で通気性にも優れることから広く使われました。そのほかにも、紙や革、漆塗りのものなどがあり、所有者の身分や中に入れる物の性質によって使い分けられていたことが伺えます。

基本的な構造は、本体とそれにぴったりと合う蓋から成り、持ち運びやすいように側面に紐を通すための金具や、蓋を固定するための留め具が付けられています。耐久性を高めるために、本体や蓋の縁、四隅などを藤や革で補強することも多く見られます。内側には、大切な衣類や書類を傷つけないように、また防虫や防湿の役割も兼ねて、布や紙が張られていました。この内張りに古い反故紙(ほごし)が使われていることがあり、当時の書物や記録の一部を垣間見ることができるのも、古物ならではの面白さです。

行李の歴史と用途の広がり

行李のような形状の箱は、非常に古くから存在したと考えられます。例えば、僧侶が経典や仏具を入れて背負った「笈(おい)」は、行李の源流の一つと見なすこともできます。時代が下り、人々の移動が活発になるにつれて、行李は多様な用途で使われるようになります。

江戸時代になると、交通網が整備され、商人や役人、旅人、巡礼者など、多くの人が旅に出るようになりました。この時代、長旅の荷物を運ぶ主要な手段として行李が活躍します。衣類はもちろん、商取引に必要な書類、金品、道中の食料や道具など、旅に必要な一切合切が行李に詰め込まれました。運搬は、人力で担いだり、馬や船を使ったりしました。大名行列のような大規模な移動では、大量の行李が整然と運ばれる様子が記録に残っています。

また、行李は旅だけでなく、日常の暮らしの中でも重宝されました。特に衣類や寝具の保管箱として、押し入れや納戸で積み重ねて使われることが一般的でした。通気性の良さは、湿気がこもりやすい日本の気候において、衣類などをカビや虫食いから守る上で非常に有効でした。書物を入れたり、商家の帳場に置いて重要な書類や商売道具をしまったりと、その用途は多岐にわたりました。

行李が映す当時の旅と暮らしの情景

浮世絵や当時の文献からは、行李が人々の暮らしに深く根ざしていた様子が伝わってきます。東海道や中山道を旅する人々は、大小様々な行李を携え、あるいは専門の運送業者に託して移動しました。急な坂道や難所では、行李を担ぐ人足たちの苦労が偲ばれます。また、長逗留する旅人にとって、宿屋に運び込まれた行李は、慣れない旅先での心安らぐ自分の空間の一部であったことでしょう。

引っ越しや奉公に出る際にも、家財や身の回りの品を行李に詰めて運ぶのが一般的でした。「行李一つで故郷を出る」といった表現は、最小限の荷物で新たな生活を始める若者の決意や覚悟を表す言葉として今に伝わっています。

さらに、行李は単なる運搬具・収納具であるだけでなく、時として重要な秘密や財産を隠す役割も果たしました。鍵付きの行李や、二重底になっているものもあったと言われています。こうした工夫からは、当時の防犯意識や、大切なものを守ろうとする人々の知恵が見て取れます。

現代における行李の価値

鉄道や自動車、近代的な運送業が発展するにつれて、旅の荷物運搬手段としての行李の役割は薄れていきました。しかし、その機能性や歴史的な価値は失われていません。

現代において、古い行李は、当時の旅や人々の暮らしを物語る貴重な史料であると同時に、優れたデザインを持つ家具としても再評価されています。竹や柳の編み目は美しく、しっかりとした作りは現代の収納家具にはない独特の存在感を放っています。

古物として手に入れた行李を修繕し、再び使うことは、その家具に込められた時間や物語を受け継ぐ行為と言えるでしょう。編み目の破損を修復したり、内張りを新しく張り替えたりすることで、新たな命を吹き込むことができます。内張りに古い紙が使われている場合は、それがどのような内容であるかを確認することも、歴史的な発見に繋がるかもしれません。

行李の軽量性と通気性は、現代の衣類収納としても有効です。また、その独特な形状と風合いは、リビングや玄関先でのディスプレイ収納としても魅力を発揮します。

行李に込められた人々の記憶

かつて、多くの人々の旅路や暮らしを支えた行李。そこには、旅立ちの期待、道中の苦労、新しい場所での生活への希望、そして日常の中での大切な物の保管といった、様々な人々の記憶と感情が宿っています。

古い行李を手に取る時、私たちは単なる箱に触れているのではなく、時を超えて語りかけてくる無数の物語、そしてそれを使い、大切にしてきた人々の息吹を感じ取ることができるのです。行李は今も静かに、過ぎ去りし時代の旅と暮らしを私たちに語り続けています。